2010年11月30日火曜日

精密に残っていた私たちの祖先の足跡

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:18頁

以上の事実を、これまで我が国でも世界でも、

単なる『神話』と誤解していたために、

昔のアメリカ・インディアン並みにしか

見られていなかった私たち日本人を、

立派な古代史を記録していた偉大な文明人の子孫だとして、

認識を改めさせる壮大なキッカケになったことも、

ここでもう一度、よく認識しておいて戴きたい。

それは世襲のほかにも、

私たちに幾つものことを教えてくれる。

それは伊是名島と淡路島とに分布していたから、

「地名」が名乗りになったことを証言している。

それなら伊声耆はどこの王だったのだろう?。

これもすでに鹿児島県の伊佐郡だったことがわかっている。

それは「伊佐ン王=イサのキ」という南九州方言化したものだった。

これでこの名乗りは地域によって、

その土地で使われている発音に変化するために、

始めは沖縄で「イジナギ」だったものが、

鹿児島でイサンギになり、

淡路島でイザナギに変化したことも理解できた。

それならまだ多くの同じ名乗りが、

どこかに地名として残っている可能性がある。

調べてみると次ページのリストのように、大量に見つかった。

それは、この名乗りをもつ王たちが、

移動した足跡を記録していることは疑いない。

それこそ『記・紀』などが書くことのできなかった、

真実の天皇家の足跡であり、

私たちの先祖の本当の歴史だったのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月29日月曜日

名乗り「イザナギ」が復元した史実

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:17頁

これを、従来、永いあいだ、一人の神の名だと思われ、

本講座でそれが誤りだったと確認できた

「イザナギ」という名詞を主題にして、

実際にご体験いただくと、こうなる。

まずこれまで本学会員の常識化していることを、

簡単に再登場させると、

沖縄にこの名とぴったりの伊是名島が現存していて、

この名が地名と結びっいた「名乗り」であることが、

すでに確認できている。

つぎにそれとぴったりの発音をもつ

伊声耆(イサンギ)が

『魏書倭人章』に記録されていて、

この名乗りが神でなく、

生身の人物のものだったことが確認できている。

次に『古事記』は履中天皇の名乗りを、

伊邪本和気と書いているが、

淡路島に旧官幣大社伊弊諾(イザナギ)神宮があり、

またこの天皇が淡路島に実在したことが史実として確認できているから、

この名乗りは伊邪本でなく伊邪木が正しく、

その読みがイザナギだったと確認できている。

これでイザナギという名乗りが、

幾人もに世襲されたことも、また疑いない。

そして淡路島を基地にした倭の五王天皇家が、

大阪湾を越えて、

順次に紀伊、

和泉、

河内から奈良の高市に侵入し、

5世紀になって初めて奈良に天皇家のヤマト朝廷を置いたことが、

その記録されていた名乗りによって見事に復元できたことも、

よくご存じである。

ではそれ以上のことは、わからないのであろうか?。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月28日日曜日

視点がふえると同じ主題が繰り返し登場する

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:16頁

ところが過去の『記・紀』などの解説書は、

最初の鳥瞰図式平面図だけしかないと言ってよいものだった、

それはただ一軒の家だからと、

一枚の図面だけで説明するようなもので、

それが我が国の古代史を、

わけのわからないものにしてきた原因なのである。

建築の方は、視点を1本の柱に置いても、

それには東西南北があり、

上下の切り口があり、

さらに切り込みや組み合わせ用のホゾ穴があり、

組み立てたあと打ち込んで止めるクサビや釘や補強金具があり、

床・壁・天井・二階の床と組み合わさって、

その外観は工事が進むにつれて時々刻々に変化する。

これに比べると過去の日本史の粗雑さがよくわかると思う。

だから、その平面図式史学の欠陥を補って、

真実の歴史の復元を続けてきた本講座では、

1つの対象をできるだけ多くの視点から観察して、

全てを見落さず記載するように、

徹底した解明を行なってきた。

歴史の「史」はフミで「文献」を意味するが、

それ以外の外国語とその古語を研究して、

史の範囲を広く取り、また地層に当る歴史以外のもの、

すなわち埋蔵文化財や地学上の条件や、

人種判別などの情報も、

その他のあらゆる科学の成果も揃えて、

基礎として用いる努力を積み重ねてきた。

だから平板なお伽話的説明とは根本から異なって、

視点の数が多いので、

同じ主題が繰り返し登場するのだと、

ご理解いただきたい。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月27日土曜日

完全な立体視点で構築される一軒の家

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:15頁

1つの建物を説明するには、

まず地図のような平面図が要り、

次に玄関の方から見た正面図がいり、

次に右横から見た側面図がいり、

つぎに左側、つぎに裏側、2階があれば、その平面図と、

構造が複雑になればなるほど多くの視点からの

設計図、説明図が必要になる。

だがこれでも、その建築物の全貌がわかったわけではない。

屋根の構造や瓦の性格も千差万別であり、

そこに太陽光発電設備を載せたりする場合もある。

それが済むと電気やガスの配線や配管をし下水溝をつくり、

トイレや風呂場やキッチンの水回りの配管を済ませた上で、

床や壁や天井を取り付け、

そこにドアや窓をつけ、サッシをはめ、

それらを塗装し、壁紙を貼り、

照明や温熱用のソケットを取り付け、エアコンを取り付け、

電話設備やアンテナの端末を取り付け、

窓にはブラインドやカーテン掛けを取り付けて、

ガラスをはめる。

そのためには、それらの材料、部品の一つ一つにも、

また詳細な、用途、特徴、使用法、手入れ法のマニュアルが必要で、

それらが全て完備して、はじめて完成するのである。

ごくありふれた家屋建築でも、実に複雑な立体構造をもっている。

そうしてそれらは一気に完成するのではない。

基礎から内装まで順序正しく最適の部品を、

順序正しく取り付けることを積重ねていって、

初めて一軒の立体構造物として完成するのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月26日金曜日

この講座はなぜ?繰り返し、再検討が多いのか?

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:14頁

しかし私の講義は難しいのであろうか?。

隅田正会員が言われた。

「大学院講義録を読むと、毎号、各ページどこを読んでも、

他の本では絶対に読むことのできない真実の、

最高の日本建国史の、そのまた最新の謎の答えが書かれていて、

圧倒的な満足感を味わうが、

少し気にかかるのは、納得しながら各ページを読み進むと、

すでに以前に完全に納得済みだったはずの主題がまた現われて、

新しい証拠がさらに加わるので、

もう一度、その号を捜し出して読み返さなければばならない。

これは何とかならないものだろうか?…」。

実にもっともなご質問で、

ご同感の方も多いと思うので、

それにお答えする形で本題に入ろう。

この講義では、

なぜ?そうした繰り返しが必要で、

再検討といったものが多いのか?…。

それは何とか改善できないのか?。

それは不可能なのだろうか?…。

それにお答えすると、

一見1つの命題のようにみえる言語文化財も、

言語復原史学では、

実は複数の視点をもった高度の立体的構造をもつ対象になる。

そのためそれらの1つにみえる対象の内容は当然複数である。

だから、

その輪郭の描写も平面図1つだけではなく、

多くの角度から見た建築物のように、

それぞれ無数の視点と異なった姿をもっているのである。

それらを重ねて説明する必要があるために、

同じ主題が幾度も登場して、

まるで繰り返しのように感じるのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月25日木曜日

理想的な民族融和の歴史だった真実の日本史

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:13頁

こうした悲劇が起こるのを防いで、

日本人と、

その今の平和な生活を守り抜くためには、

手遅れにならないうちに、

「日本人とはどんな歴史をもった集団か」を明らかにした

「真実の歴史」を、

全国民が洩れなく知り、

それを世界の人々にも理解させる以外にない。

幸い私は70年の研究成果を蓄えている。

それが完璧に立証するその

「真実の日本史」は、

幸いにも実に理想的な民族融和の歴史だった。

それがこの日本列島で完成したのは、

全世界から集まった古代の大文明国人たちが、

この孤島で一つの国民として結集したからである。

もちろん独立した一国が完成する過程には、

様々な争いがあった。

しかしそれがあって初めて高度の平和国家が生まれたのである。

この素晴らしい真実の日本史で、

平和と国民を救い、

世界の平和に貢献するただ一つの方法。

それを一日も速く全世界の人たちに伝えたい。

しかし、

この私の希望は、知性の低い人々には理解できない。

彼らには日本の古代史など、

彼らの幸福にも、

未来の生活にも、無関係だと思い込んでいる。

私は、

こうして思索し原稿を書くだけで精一杯で、

それに時間をとられて生活も苦しい。

あとはこうしたことを御理解になる知性高き皆さんが、

ひとりでも多くの人々に、

よくわかるようにお教え戴くことを、

心からお祈りするしかないのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月24日水曜日

日本を滅ぼす悪魔『明治製・皇国史観』

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:12頁

それこそ悲惨な「日本消滅」が現実になるだけである。

自衛隊がどれほど強力でも

兵員の数、訓練、兵器弾薬の生産に至るまで、

全て戦前の日本軍以下である。

それが独伊のような同盟国なしで、

全世界を相手にして絶対に勝てるわけがない。

自衛隊は専守防衝に徹してこそ価値があるのであって、

その鉄則が破れた瞬間に、

日本を滅ぼす悪魔に変身する。

それなのに世界の人々の心に映る日本人は、

不気味なエーリアン(異星人)であり、

油断できない恐ろしい侵略者で、

とても心からの友人ではない。

真実の日本人は八百萬(やおよろず)の神々が立証しているとおり、

世界の人々と同じ血を分けた兄弟なのに、

日本の教育が幼稚な明治製皇国史観のままでいるために、

日本人自身が誤解の種を世界にばら蒔いているからだ。

日本の国史教育はなぜ?そんな無茶な愚かなことになっているのか?。

それはこの悲惨な末路を予測できない愚かな政治屋が、

愛国と錯覚して戦前の大日本帝国を復活しようと

画策してきた結果なのである。

だがそれがどんなに愚かであるかは、

いま我が国のすぐ北隣りに戦前の軍国日本をそのまま真似て

「尊い指導者陛下様の素晴らしい御政権を守るためなら、

命など惜しくはありません。

御命令があれば、

非道な鬼畜の国々を、即座に撃ち倒します」

と毎日叫ばせている国があって、

戦前の日本の醜態を鮮明に再現して見せてくれている。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月23日火曜日

自業自得。日本が国連理事国になれない理由

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:11頁

そして当の日本国政府は、

なんとかしてその敵視をやめさせて、

一加入国としてではなく本当に

連邦政権首脳部に加えてもらおうと努力して、

大日本帝国とは正反対の完全に戦争を放棄して

平和を貫く「新しい民主国・日本」だと、

憲法を新たに作って、

戦前の大日本帝国とは全く別の、

戦後に生まれた新しい国として、

ようやく加入を許されたのだった。

しかしそれから半世紀を経て、

経済的には超大国になった後も、

いくら運動を重ねても、

常任理事国に入れてもらえない。

それは何故か?。

形式的には

今の日本国は

「建国半世紀の新しい国」になったが、

国民はその事実にはとんど気付かず、

戦前の大日本帝国と同じ国だと思い込んでおり、

依然として、

大日本帝国時代のままの正体不明の宗教「神道」を信じ、

日本政府は戦前とほとんど変らない国史教育を行なって、

それを助長し、

専守防衛を看板にして

自衛隊という名の強大な軍隊を築きあげてしまっている。

これでは国際連邦国が安心して日本と付き合えるはずがない。

非はこれまでの日本政府にあるのである。

だから、ひとたび我が国が敵視される日がくれば、

国際連邦を相手に戦わねばならない。

そのとき日本人は天皇を守るために戦うのであろうか?。

そして日本だけの神々が守ってくれるのであろうか?。

それは太平洋戦争で実験済みで、

答ははっきりわかっている。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月22日月曜日

日本を取り巻く暗黒の過去と未来

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:10頁

だが人類は今、

キリスト教、

イスラム教、

シンドゥ教などの信徒に分かれて対立し、

互いに白眼視し合って、

宗教が世界を分裂させかねない様相を呈している。

一つ間違えば巨大な宗教戦争が起こって、

たちまち世界戦争に拡大する恐れがある。

信仰の違いがこれほどまに鋭く対立し始めているのは、

私たち日本人にとっても他人ごとではない。

私たちの生命線を握っている

平和なグローバル民主政治と経済を、

無残に破壊する現実は無視できない。

だがそれだけではない。

なぜなら、

それらの巨大宗教は、

その内容も歴史も一応、常識化していて、

他の信者でも相手の宗教がどんなものか互いに知っている。

だが日本の神道は、

日本人自身でさえ、

その真実をよく知らない。

すべての日本人が尋ねられても返答に困る。

しかも前記のように明治以後

「日本だけが神州だ。

日本の神だけが本当の神だ」と称して、

侵略戦争を続け、

世界の人々に大変な恐怖と犠牲を払わせた極悪の前科をもっている。

そのために戦後、

世界は日独伊を監視し、

連合国の団結をはかるために

『国際連邦政府』を作って運営してきた。

だが戦後の日本官僚と歴代政権は、

この事実を国民に知らせまいと、

その名を「国際連合」と、

わざと誤訳し省略して、

それが日本人を敵として厳しく区別対する

「旧連合国による連邦政府」であることを隠して、

国民をいっわり続けてきた。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月21日日曜日

3千年前の「凄い大文明国・日本列島」

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:9頁

このほかに「科学的結論」として、

発掘文化財の形状比較のような小さなものではなく、

例えば北緯36度線にある

古代中国・殷の帝都遺跡・殷墟から、

正確に真東に2200kmの所に、

茨城県稲敷郡の福田貝塚があり、

そこから出土した

縄文土器「人面注口器」と

殷墟から出土した青銅の「人面盉(か)」

との形態と装飾モチーフとが、

実に多数の一致点をもち、

同じ信仰をもつ人たちが双方に住んでいて、

互いに存在を知り、

その出土品には深い意味があったことがわかる。

それは殷都から日の出を拝むと、

その彼方にある尊い聖地を拝むことになるが、

そこはまさに「日の立つ場所」である、

その地を今も「日立」と呼び、

祭場を「イナシキ」と呼んだ、と考えると、

稲敷とは「殷の式場」が真意で、

故人と皇帝が儀式を行なった場所、という地名だとわかる。

すると双方から発見されたこれらの遺物と日本語群は、

殷人が日本からの移住者であり、

二つの器具は儀式に用いる聖器だったことが明瞭に確認できる。

こういった反論の余地のない科学的結論が、

すでに確立しているのである。

こうした遺跡が直線で結ばれている事実は、

13才の私が最初に古墳の直列を発見したもので、

霊域を結ぶ線という意味で

レイ・ラインとして海外に報道され、

英国の酒造家A・ワトキンズらの大宣伝で、

全世界の学者が注目、

多くの発見で人類の史実復元に大きな役割を果たした。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月20日土曜日

万人が認めるしかない「科学的結論群」の発見

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:8頁

このことに早く気づいた私は、

半世紀以上かけてその実態解明に取り組んだ結果、

古人が書き残したとおり、

日本の神々には、

一神教の神も、

多神教の神々も、

仏教の神々も、

東南アジアの地方神も、

シベリアのシャーマンも、

朝鮮のムーダンも、

さらには遠くエジプトの神々も、

ギリシャの神々も、

はっきり見分けられる名で記録されていることを発見し、

新たな証拠を次々に書き加え続けることができた。

それは唯物史観によって無視されていた

無形の『言語文化財』の存在を発見し、

その役割と意味と変化を確認できるようになったからである。

それはまた天皇名とされてきたものが、

本当は個人名ではなく、

その領土と職務を併せた

「名乗り」であることの発見と相俟(ま)って、

その当時の都や主要国がどこにあったか、

それがどう発展し、

どう移動し、

どう変化したかといった重要な史実を、

一つ一つ確実に確認することができるようになった結果、

それまで先人の説を批判して

「間違いだと思われる」

「こちらが正しいのではなかろうか」

「…ではあるまいか」といった、

実にあいまいな論争だった

「水掛け論式学説」では

とうてい解明も発見もできなかった

「真実の史実」を、

知性ある人なら万人が認めるしかない

「科学的結論」として、

すべて確認できるようにしたのである。


『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月19日金曜日

世界に類のない神道の特異性、それは八百萬(やおよろず)の神の存在

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:7頁

無知な明治人が空想したような、

他の人類とは異なった特殊な日本土人どころか、

当時の全世界の文化を、逆に指導し、

高めることに努めた最高の文明の持ち主だったのである。

それは今、

我が国だけにある「神道」という宗教の実態を知れば、

疑いの残る余地はない。

それは

「八百萬(やおよろず)の神」

という古語が全てを立証している。

この八百萬の神とは、

過去の学者が漠然と空想して説明していたような、

「多数の神」という、

単なる装飾語や、

ただの量的表現ではない。

それは日本語の初歩さえも心得ない学者?たちの

実態を白日のもとに暴露している説明なのである。

日本語では「八百(やお)」は

八百屋(やおや)という使用例が物語るように、

いろいろな種類、品種の多いこと表現する「形容詞」であって、

単に数量が多いという数詞ではない。

「萬(よろず)」もまた、

今も生きている萬屋(よろずや)

という商店名が証明しているるように、

一種類の商品を1万個もっているという、

単に多数を意味する言葉ではなく、

多数の「種類」の商品が揃っていることを意味した形容詞で、

萬屋はデパートに当る言葉である。

だから八百萬の神とは、

単に1宗教の神が、

8百万もいるというのではない。

それは八百も萬も、

「日本には世界の多種類の宗教の神々が祭られている」

という意味なのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月18日木曜日

無力な亡国思想と、素晴らしい古代日本人の史実

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:6頁

いまの日本は主食に至るまで食糧を海外に依存し、

日常生活の大動脈をすべて輸入石油で賄(まか)なっている。

その支払いに当てる外貨は、

すべて海外の顧客に製品を買ってもらって手にいれている。

海外の人々を敵視した明治から昭和前半とは正反対の環境が、

いまの私たちの生命を支えていて、

これを損なう事は、直ちに私たちの死につながる。

そんな今、

明治の擾夷思想の産物であった

皇国史観のままの日本史しか知らない国民が、

何の考えもなく、

世界の憎まれ者ヒトラー的インベーダーとして、

海外の有識者から内心白い眼で見られている現状は、

余りにも愚かで危険に満ちていて、

とうてい無視してはいられない。

そんな悪魔の史観は過去の残滓にすぎず、

少数の亡国の徒、現在の日本人の最悪の敵どもが、

愚かにも時代を錯誤して宣伝するに過ぎない

時代遅れの亡国史観だからである。

だが私たちが突き止めた歴史の真相は、

会員がご存じのとおりの、

素晴らしい史実に満ち満ちたものである。

真実の日本人は、

この辺填の小島に細々と暮らしてきた列島土人の子孫ではなく、

少くとも3000年まえには世界に先駆けて地球の大きさを測量し、

海を越えて中国に殷帝国を建国し、

シベリアを領土とし、

その他の広域アジアの人々と交易し、

通貨を供給してグローバル経済を維持し、

発展させ続けていた偉大な文明人だったのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月17日水曜日

日本人を軽蔑・嫌悪・差別させるもの

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:5頁

それは、これまでも繰り返しお話ししてきたとおり、

海外の学会に出席するたびに、

他の事では尊敬をこめた真心で応対してくれる友人たちが、

日本の建国史が話題になると、

途端に人を小馬鹿にした表情に変わり、

「本当の御先祖様は見つかったかい!?」と、

必ずからかうので、

こちらも笑って応対するものの、

内心では幾度、無念の涙を飲んだか知れない。

もちろん彼らだって、私が本気で

「先祖が天空から舞い降りてきた」などと

信じているとは思っていないが、

「ではそれに代わるどんな史実があるというのだ?

早く真実の答を見つけろよ」と、

激励しているつもりなのである。

しかし、それに具体的に答えられない間は、

私は黙って自分の無力さ、愚かさを嘆くほかなかった。

だが今、私はついに日本建国史の全貌を捉えた。

だがそれと並行して日本のグローバル化が進み、

問題は私が個人的に無念の涙を噛みしめた程度のもの、

ではなくなってしまった。

海外の学者との冗談は笑い話で済んだが、

日本人対世界の人々では

「天からやってきた正体不明のエーリアンの子孫・日本人」は、

半世紀前には

「ヒトラーと組んで人類を敵にまわし、

世界戦争を起こして実行した憎むべき怪物」

という記憶を呼び醒ます。

しかもそれでもなお、

日本人は「先祖は天から天下だった」

としか答えられないのが実情なのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月16日火曜日

いまの日本人の古代常識は?

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:4頁

では現在の日本人は、

日本の歴史について、どんな常識をもっているのだろう?。

いまの日本人の大半は、漠然とだが、

「まず神話時代があって世界ができ。

そこに生まれた神々の子孫が、

そのころ日本列島に住んでいた先住民の所へ、

空から降りてきた。

その神の子孫が天皇家で、

橿原で神武天皇が即位して以来、

歴代天皇が日本列島を治めてきた。

中世以後は政治を武士が代行する武家政治時代が

鎌倉・足利・織豊・江戸と続いたが、

明治に再び天皇の親政に戻り現在に至った。」

という「日本は天皇の支配国」という歴史観であって、

神話を半信半疑に思っている人でも、

それ以後は天皇が支配していたと信じて疑わない。

だがこの常識は

『古事記』『日本書紀』に書かれている真実の歴史なのだろうか?。

実はそれらは明治前後の歴史筆者が、

『古事記』『日本書紀』などの内容を、

自己流に解説した、

『仮説』が通説化したものに過ぎない。

彼らは宇宙や地球についてまるで何も知らなかった、

そんな小学生にも劣る世界観で、

千数百年前の古記録を解説しただけのものなのである。

もちろん本居宣長たちは、

徳川時代の人としては優れた知性の持ち主だが、

現代の世界の知性人の眼からみれば、

彼らの結論は余りにも粗雑で、

その解説による古代史は、

野蛮人の妄想が生んだ幼稚な作品にしか見えない。

という事実を、私たちは軽視できない。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月15日月曜日

必ず日本人を減ぼす、魔の「皇国史観」

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録13:3頁

最近、私たち日本人は、

在来の「皇国史観」を持っていては、間もなく必ず滅ぶ。

という話題が出た。なぜか?…。

それは私たちを取り巻く現在の世界の環境が、

その「皇国史観」が考案された明治の国際環境と、

「完全に正反対」になっているからである、という。

明治政府が必要としたのは、

それまで60余州の独立国に分裂していた日本列島を完全に統一し、

内紛のない国にして全国民を団結させ、

一丸となった強力な軍事力をっくることで、

欧米の侵略政策に対抗して国土を守り、

日本人による支配政権を維持することであった。

「皇国史観」とは、この緊急の大問題に必要な

「国民を説得する基礎教育」の中核として考案された

「日本は神州であり、天皇はその神の直系の御子孫なのだ。

その天皇が親政する完全な単一民族国家で、

他国の速く及ばない無比の国体をもっているから、

国民はこの皇国を一丸となって守れ」

と教育するために考案した「明治の軍事用建国史」だった。

この

「日本は他に類のない神聖な国、世界に誇る神国なのだ。

それを欧米は物力にものをいわせて属国にしようとしている。

野蛮な欧米の侵略を許すことはできない」

という教育を受けた国民は、

欧米諸国を敵視し、他国民を見下だし、

軍部の言うままにあやつられ、

ついには全世界を故に太平洋戦争を起こして惨敗して、

大日本帝国を滅ぼしてしまったのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月14日日曜日

確認!大国主系譜は変形した応神系譜そのもの

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:32頁

6 八河江比売=宮主矢河枝比売。

波夜遅奴美(ハヤジノミ)=八(ハ)田若郎女(ジロメ)、

南九州語はノをロと発音する。

7 比那良志比売=日向泉長比売・ヒ○○ナガシヒメ。

多比理=大羽江は大隅語ではウヒイ。

岐志麻流美=檣日若郎女は大隅語でキシソルミとキシザルミ。

8 活玉前=糸井は大隅語ならイッタミイとイトイ。

9 布忍富鳥鳴海・ニントンチョウ=忍坂大中比売・ニンデチュウ。

10 若盡女=若黒比売=迦具漏比売。

日腹大科=カハラダイシナ=川原田郎女=迦多遅王・カーターチ奴(ナ)=

日腹大科・カハターシナ。

11 遠津山岬(ヤマサキ)=大山崎・オサンキ=大雀ウサキ。

2つの系譜が、ほとんど全面にわたって対応し、

方言差や用字の範囲内で変化したものに一致する。

この量と質は、この2系譜が、

本来おなじものだと見る以外に、この一致を説明できない。

だから大国主系譜とされてきたものは、実は応神天皇の系譜が、

当て字や職名の使い方の違いで、

一見、別のもののように見えていただけのものだったのである。

もちろん、すでに応神も大国主も、

その記事の中身は1個人のものばかりでなく、

複数の人物の事跡が混入していることは確認済みであった。

しかし在来の学者が『神話』として、

何の疑問も抱かなかった大国主が、

実は応神天皇だったということは、

これまで検討してきた応神天皇の史実のうちでも

最も重要な問題が解決したことを、

よくご認識載きたい。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月13日土曜日

大国主と応神両系譜の后妃皇子女はどう合うか?

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:31頁

前ページの系譜比較を見ると、后妃の数が似ているだけでなく、

前にもお話ししたように、

タキリヒメやヤカハエヒメという名の一致がすぐ眼につく。

だから本来は一つだったものが、2つの系譜に見えている可能性がある。

それを確かめる手法と、その結果はどうなるかを、お目にかけて、

最後に残った応神天皇問題の最大の謎を、ここで一掃してしまおう。

1 多紀理毘売=高木入日売=葛城野伊呂売であることは、もう解決済みである。

これはその子阿遅鋤=宇遅和紀=宇遅若は、

阿はオで沖縄でウだからウジスキとウジワキ、

ウジジャク、訛る可能性は高い。以下、同様の説明は省略する。

高日子根と中日子命とはダカとナカ、ネとメで鼻濁音による分裂。

迦毛大神=大川守(オカモ)=大山守とセンの発音が川と山に変わったもの。

高比売=高ヒ目。下光=木荒田で下(クダ)と木は大隅語で木はク、光と荒はコウ。

2 事代主=未菟野はコトノ代主。

3 鳥耳=弟日売は大隅語トイミとオトイミ。

鳥鳴海=三野郎女は大隅語トイナイミノとミノ。阿部=天(アメ)。

天日腹=阿貝知三原は阿目知原(アメシハラ)。

4 日名照額田毘道男伊許知邇=額田大中日子 伊許知邇=伊奢真(イゴチン)、

奢はオゴルのゴ。

5 葦那陀迦=袁那娩辨郎女は葦と袁の読み違いと、

陀迦と辨は、「万」の字だとタカとバンの2音をもつため。

速甕之多気=速總別、甕は襲の字の誤写、ハヤ・ソが元の名乗りだ。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月12日金曜日

大国主と応神天皇の系譜比較

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:29・30頁

大国主の系譜             応神天皇の系譜

     妻        子             妻       子

1 多紀理毘売      阿遅鉏高日子根   高木入日売命    額田大中日子命
(迦毛大御神)              大山守命
 高比売                  伊奢真若命
(下光比売)               大原郎女
  高目郎女
  木荒田郎女

2 神屋楯比売    事代主       中日売命      大雀命

3 鳥耳       鳥鳴海            弟日売命      阿部郎女
  阿貝知三原郎女

4 日名照額田毘道                      木菟野命
男伊許知邇    国忍富                 三野郎女


5  葦那陀迦    速甕之多気佐    宮主矢河枝比売命 宇遅和紀郎子
(八河江比売)  波夜遅奴美                   八田若郎女
       女鳥王
      
6  前玉比売    甕主日子      袁那辨郎女        宇遅若郎女


大国主の系譜            応神天皇の系譜

7 比那良志比売  多比理岐志麻流美  息長真若中比売   若沼毛二俣王

8 活玉前玉比売  美呂浪       糸井比売      速總別命

9 青沼馬沼押比売 布忍富鳥鳴海    日向泉長比売     大羽江王
小羽江王
  檣日若郎女

10 若盡女     天日腹大科度美   迦具漏比売      川原田郎女
玉郎女
忍坂大中比売
  登富志郎女
迦多遅王

11 遠津待根    遠津山岬多良斯   葛城野伊呂売   伊奢麻和迦王


ゴシックは相互に対応している部分

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月11日木曜日

大国主の命の系譜

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:27・28頁

『古事記』には、これを「十七世神と称す」と書いてあるが、此神を数えると8人しかない。

それだけでなくその名は次のように応神天皇の家族と一致する。

いくら名乗りが世襲だといってもこんなに偶然が重なることはない。

妻        子

1 多紀理毘売───┬阿遅鉏高日子根
│(迦毛大御神)
└高比売
(下光比売)

2 神屋楯比売────事代主

3 鳥耳───────鳥鳴海

4 日名照額田毘道
男伊許知邇──国忍富

5 葦那陀迦─────速甕之多気佐
(八河江比売)   波夜遅奴美

6 前玉比売─────甕主日子

7 比那良志比売───多比理岐志麻流美

8 活玉前玉比売───美呂浪

9 青沼馬沼押比売──布忍富鳥鳴海

10 若尽女──────天日腹大科度美

11 遠津待根─────遠津山岬多良斯

故、此大國主神、娶坐胸形奥津宮神、多紀理毘賣命、生子、

阿遅鉏高日子根神。次妹高比賣命。亦名、下光比賣命。

此之阿遅鉏高日子根神者、今謂迦毛大御神者也。

大國主神、亦娶神屋楯比賣命、生子、事代主神。

亦娶八嶋牟遅能神之女鳥耳神、生子、鳥鳴海神。此神、

娶日名照額田毘道男伊許知邇神、生子、國忍富神。此神、

娶葦那陀迦神、亦名、八河江比賣、生子、速甕之多氣佐波夜遅奴美神。

此神、娶天之甕主神之女、前玉比賣、生子、甕主日子神。此神、

娶淤加美神之女、比那良志毘賣、生子、多比理岐志麻流美神。此神、

娶比比羅木之其花麻豆美神之女、活玉前玉比賣神、生子、美呂浪神。

此神、娶敷山主神之女、靑沼馬押比賣、生子、布忍富鳥鳴海神。

此神、娶若盡女神、生子、天日腹大科度美神。此神、娶天狭霧神之女、

遠洋待根神、生子、遠津山岬多良斯神。

右件自八嶋奴美神以下、遠津山岬帯紳以前、稱十七世神。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月10日水曜日

出雲系譜に混在している真実の系譜の分離復元

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:26頁


                                                              ┌──┐
クニアレ        イザナミ  イサナギ      イザナギ  │
国生み姫 孝霊天皇   伊是名女王 伊声耆    黒姫 伊邪木別  │
└┬───┘        └────┬┘     └┬───┘     │
卑弥呼  仲哀天皇   壹與  垂仁天皇   青海郎女 墨江中王─┤
└────┘│       └────┘│                      ┌─┘
タキリヒメ 麛坂・忍熊       品陀真若   大中津姫  允恭天皇
   └─────┬┘        ┌────┘          └────┬┘
タカヒメ 阿遅鉏高日子根 高木入姫 応神天皇        安康天皇
 └────┘              └────┘

         *青海郎女(オオミガミ)
(注)
阿遅鉏高日子根
└┘
   (高日)
莵遅別 郎 子

全頁では3つが同じに見えていたが、この頁では名乗りの世襲の実在と、

相互関係とが、明瞭に見て取れる。もちろん事件まで同じではないから、

3つが別のものだと判定できるのだ。

しかし、(注)の阿遅鉏と莵遅別は、入れ替えのできる名である。

これは阿をオと読み、さらにウと読んだものに合うが、

沖縄大隅語なら最初からウと読むからウジサカで、

高日も横書きなら「郎」にも見えるようになる。

そのため別人と錯覚した記録が混入したものも当然ある。
『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月9日火曜日

世襲の称号による類似系譜の混乱

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:25頁

出雲の神々は大半が同じ神の別名だったことが明瞭にわかった。

整理すると膨大に見えた系譜が収縮する。

だがその中には阿遅鉏高日子根という、別名のない固有名詞も確かにある。

ところがこの名の持ち主は、

卑弥呼がソナカと結婚した後の事件記録『天の稚彦伝承』に登場し、

その別伝も崇神天皇記と垂仁天皇記に入っているから、時間帯がはっきりしている。

すると次のような複数の、まぎらわしい系譜の正体が、始めて明確に区別できる。


イザナミ イザナギ        イザナミ イザナギ    イザナミ  イザナギ
└┬──┘                 └┬──┬┘         └─┬─┘
天照大神 足仲王          天照大神 スサノオ    天照大神 スサノオ
│└───┘ │                └───┘ │        │└───┘
タキリヒメ 大国主                品陀真若   大中津姫    天皇
│└────┬┘                 ┌───┘          └────┬┘
タカヒメ 阿遅鉏高日子根    タキリヒメ 誉田天皇        天皇
└─────┘                  └─────┘

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月8日月曜日

倭人は仏教徒だと証明する鬼道と神道の実体

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:24頁

以上で、もう一つわかることは、

死者を神とするそれらの信仰と思想は、

どこのものかという点である。

系譜に羅列されたそれらの神々は、

死後霊的な存在になったものとして尊崇の対象になっている。

死者を死後も意思をもち続ける霊的存在とする

宗教をなんと呼ぶか?と困った帯方郡使が、

生者の宗教『道(どう)』と対称的な死者の道だから『鬼道(どう)』だ、

と命名したことは、

それがシンドゥ色を残す原始仏教だったことを実に明確に表現しており、

鬼(キ)をオニと発音する語源が「倭人(オニ)」だったことも、

「桃太郎説話=位宮による旧卑弥呼連邦の征服プラス

その東征による類似伝承地の拡大分布」が、

相互に見事に立証しあっている。

もちろん豪勇で人を助けるスサノオや、

空からモミを播いて豊穣をもたらすニニギの話などもあるが、

それは全てギリシャ神話の援用で、

その量は『日本神話』の100%に見られる。

だから神道とは、

ギリシャ神道と原始仏教との混血児だという以外に納得のいく答はない。

これは神社建築の様式が一定せず、地域差がみられることでも、

単一の神道というものはなかったことがわかる。

それが明治の「廃仏棄釋」政策によって

唯一の『神道』だとされたために、

真実の歴史がネジ曲げられた。

しかしそんな政策は、

偏狭な国家主義が生んだ極悪の亡国の愚策で、

それが大日本帝国を自滅させた大罪を、

忘れることは絶対に許されない。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月7日日曜日

『記・紀』の『神』と皇統との関係

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:23頁

『記・紀』がいう『神』とは、

宇宙創造の神の中に美知能宇斯(ミチヌウシ)と

同じ名の御中主(ミチュウヌシ)が実在し、

『古事記』がそれをわざと初代の神として配置しているのは、

単なる信仰のためとは考えられない。

それは自分たちの祖先の名を用いた

「勢力の誇示」以外のなにものでもない。

これがわかって始めて天武天皇の出身がわかる。

美知能宇斯は『古事記』では

旦波比古多多須美知能宇斯王と書かれていて、

タンバ=種子国(タネマ)=種子島、ヒコ=卑狗または日向。

種子島と日向を「タタス=発(た)たれた」王で、

美知能宇斯=ビシュヌーは亀でもあるから、

浦島=位宮を琉球に運んだ水軍の王だったことは、

もうよくご存じである。

その人物を『古事記』開巻第一の神の名とした

天武天皇は、大海人の皇子、天淳中原瀛真人と名乗る。

これは沖縄・海原・沖の神仙で、海人族の大王を意味していて、

海のない奈良県の山猿ではありえない。

大海人とは海人族の王・種子島海軍の美知能宇斯の子孫であり

一族だという名乗りである。

それはまた。

海神ポントスを名乗った応神天皇の後継者を意味する。

継体天皇も同じことを主張した。

天武は藤原鎌足の姓が証明するようにポセイドンを国名に運んだ

百済倭国(フジワラ)政権を再興した天皇だったのである。

そしてその政権を中断して日本と改名した天智天皇も、

結局は壹與を始祖王とする新羅王で、

本国は鹿児島県だった日本国にいた同族だったのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月6日土曜日

余りにも多い『神名?』の共通部分・天武天皇が『帝記・本辞』を嘆いた真の理由

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:22頁

以上が『異説・日本古代国家』からの転記である。

以下は省略しながら引用していこう。

前2ページの神名に欠けている1から4までは、

1 八島士奴美、

2 大歳神、

3 宇迦之御魂神、

4 布波能母遅久奴須奴神である。

この大量の名には当然、当て字違いの同名を含んでいる。

1と18と34は、ヤジマ、ヤジム、ヤジマム。

41のハヤジヌミも夜と島の一字違いで1とほとんど共通している。

2と共通点のある神名は15の国を土にして、沖縄発音で読むとウトシュ、

19ウトシ、81ウトシンなど一見して共通している。

これからいくと事代主は子大歳主=コウトシの主、

またはコオトシの主への当て字だということにもなる。

3をウカシミコムと読むと5がウカミシカム。

7にフカブシカムが含まれていて、

16もウケムジカムになる。

19もウ都シコカム。

22にもウカミコカムが含まれ。

44のミカを御カへの当て字替えとみると、ウカヌシビコカム。

61ウ国ミコム。

70ウツシビコカム。

71ウコシミカム。

80庭コシカム。

81を大土之神と書くとウトシカム。

89もウカシミヵムと実に大きく共通しているし、

81を考えると、2と3は同じ神名から分れた可能性が

大きいことを見逃せない。

それだけでなく

9淤美豆奴神も大日津奴神と当て字を換えるとウカツヌカムになる。

また67の大香山戸臣神も山戸を取るとウカシンカムで、

間違いなくもとは同じだとわかる。

山戸はヤマトで意味のある発音だから、

故意につけ加えた可能性が高い。

こうした追及を続けると、

総数50の名が、3と同じ名であるということになる。

私たちはすでに、

私たちの先祖が異なった複数の言語を話していたことを確認しているし、

発音もまた、現在でさえも様々に変化し続けていることを知っている。

そして当て字も同音異字の多い漢字を使ったから、

実に様々な文字が当てられているし、

その漢字がまた、複数の発音をもっているために、

人によって読み方が変わる。

それを聞き書きすると、また別の文字が使われ、

まるで別物のような名が生まれる。

これが天武天皇が嘆いて言ったという

「諸家のもつ『帝記』と『本辞』は、

すでに正実が違い、

虚偽を多く加えている」の原因なのだ。

さらに明確なことは、

これまで見てきたのは本当は『神名』などではなく、

藷豪族がそれぞれの家に代々伝えてきた記録である

「皇族名」なのだということである。

過去の史学界で常識だとされていた

「神名だからヤヤコシイのは当り前だ」という考えは、

余りにも幼稚な思い込みに過ぎなかったのである。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月5日金曜日

ここでは引き続いて、生の神名を提供しておく

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:19・20・21頁

1 八島士奴美(ヤジマジノミ)、

2 大歳神(ウトシカム)、

3 宇迦之御魂神(ウカシミコム)、

4 布波能母遅久奴須奴神、

5 淤迦美之神(ウカミシカム)、

6 日河比売()、

7 深淵之水夜礼花神(フカブシミズカカム)、

8 天都度閇知泥()、

9 淤美豆奴神(ウミズノカム)、

10 布怒豆怒神(フ ズノカム)、

11 布帝耳()、

12 天之冬衣神(  フギノカム)、

13 刺国大神(シコウカム)、

14 刺国若比売()、

15 大国主神(ウコヌシカム)、

16 大穴牟遅神(ウケムジカム)、

17 葦原色許男(イケシコウカム)、

18 八千矛神(ヤジムカム)、

19 宇都志国玉神(ウ○シコオカム)、

20 稲羽之八上比売()、

21 御祖命(ウソミコ・ゴウミコ)、

22 木国之大鼻毘古神( コシウカミコカム)、

23 須勢理毘売()、

24 木俣神()、

25 御井神()、

26 沼河比売()、

27 日子遅神(シコジカム)、

28 阿遅鉏高日子根神(カジスカシコヌカム)、

29 高比売()、

30 下光比売(カコシミ)、

31 迦毛大御神(カケウカミ)、

32 神屋楯比売()、

33 事代主神()、

34 八島牟遅能神(ヤジムジノカム)、

35 鳥耳神()、

36 鳥鳴海神(  ウミカミ)、

37 日名照額田毘道男伊許知邇神()、

38 国忍富神(コシノミカム)、

39 葦那陀迦神()、

40 八河江比売()、

41 速甕之多気佐波夜遅奴美神( ミカシウケサハ ジノカミ)、

42 天之甕主神( シミカシカム)、

43 前玉比売()、

44 甕主日子神(ミカヌシシコカム)、

45 比那良志毘売()、

46 多比理岐志麻流美神(ウシ キシマ ミカム)、

47 比比羅木之其花麻豆美神(シシ コシ カマ ミカム)、

48 活玉前玉比売神()、

49 美呂浪神()、

50 敷山主神(シキマヌシカム)、

51 青沼馬沼押比売()、

52 布忍富鳥鳴海神( ウシミ  ミカム)、

53 若盡女神(カジメカム)、

54 若晝女神()、

55 天日腹大科度美神( カバウカ ミカム)、

56 天狭霧神()、

57 遠津待根神()、

58 遠津山岬多良斯神()、

59 神活須毘神( クスミカム)、

60 伊怒比売()、

61 大国御魂(ウコミカム)、

62 韓神()、

63 曾富理神()、

64 白日神()、

65 聖神()、

66 香用比売()、

67 大香山戸臣神(ウカマ ミカム)

68 御年神()、

69 天知迦流美豆比売()、

70 奥津日子神(ウ シコカム)、

71 大戸比売神(ウ シミカム)、

72 龗神()、

73 大山咋神(ウサムクシカム)、

74 山末之大主神()、

75 庭津日神()、

76 阿須波神()、

77 波比岐神()、

78 香山戸臣神(ウカマ ミカム)、

79 羽山戸神(ウカマ ミカム)、

80 庭(美)高津日神(バ(ミ)コシカム)、

81 大土神(ウトシカム)、

82 土之御祖神(トシミウカム)、

83 大気都比売(ウカシミ)、

84 若山咋神(ウカサム カム)、

85 若年神(ウカシカム)、

86 妹若沙那売神(ウカシ ミカム)、

87 弥豆麻岐神()、

88 夏高津日神(カコシカム)、

89 夏之売神(ウカシミカム)、

90 秋毘売神()、

91 久久年神(クヒサトシカム)、

92 久久紀若室葛根神(    ウカシカジ カム)

(一部を除き「倉野憲司『古事記』岩波文庫」による)

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月4日木曜日

スサノオの命の系譜

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:17・18頁

「復原推理の手ほどき(1)」

オホクニヌシ┐
┌ヒルコ           ├「 」
イザナギ―┐├アハシマ   ┌タキリヒメ─┘
├┼オオヒルメ─┬┼タキツヒメ
イザナミ─┘├ツキヨミ  │└イチキシマヒメ
└スサノオ──┘
(スサノオ)┐
オホヤマツミ┬アシナヅチ─クシナダヒメ┴──ヤシマジヌミ──┐  
│       (スサノオ)─┐         │
│             ├─オホトシ    │
├──────カムオホチヒメ┴─ウカノミタマ  ├( )
├コノハナサクヤヒメ┐             │
│ニニギノミコト──┘             │
└───────────────コノハナチルヒメ┘
オホクニヌシ┐
├「アヂスキタカネヒコネ」
タキリヒメ─┘
ヤシマジヌミ──┐            アメノツドヘチネ───┐
├(フハノモヂクヌスヌ)─┐           ├
コノハナチルヒメ┘           ├フカフチノミズヤレハナ┘
オカミ─ヒカハヒメ┘

6代あとの大国主と、タキリヒメが結婚したことになっている。

見やすいようにカナ書きとし、尊称は省略する。

よみ方は仮りのもので、原典をあとで引用して補なう。」

『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物


「復原推理の手ほどき(2)」

ヤシマジヌミ──┐            アメノツドヘチネ───┐
├(フハノモヂクヌスヌ)─┐           ├
コノハナチルヒメ┘           ├フカフチノミズヤレハナ┘
オカミ─ヒカハヒメ┘
アメノツドヘチネ───┐
├オミズヌ┐
フカフチノミズヤレハナ┘    ├アメノフユギヌ─┐
フテミミ┘        ├オホクニヌシ┐
サシクニオホ─サシクニワカヒメ┘      ├
カムヤタヒメ┘
オホクニヌシ┐
├ヤヘコトシロヌシ
カムヤタヒメ┘
オホクニヌシ┐
├┬アヂスキタカネヒコネ
スサノオ─タキリヒメ─┘└タカヒメ

オホクニヌシ┐
ヤシマムヂ─トリトリ┴トリナルミ─クニオシトミ

どんな考え方をしても、6代も前のおバアさんと結婚することはありえない。

これはあれこれ考えるより、系譜に間違いがあると考えるほかない。

(注)よみは武田祐吉著「古事記」(角川文庫)による。

『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月3日水曜日

神話と歴史をつなぐ人物

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:15・16頁

もう一人のタキリヒメは、

スサノオの命の娘、三女神の長女に当る方である。

古事記  ①多紀理毘売(タキリヒメ)またの名、奥津島(オキツシマ)比売、
②市寸島比売またの名、狭依(サイ)毘売、    ③多岐都比売

書紀本文 ①田心(タコリ)姫、     ②湍津(タキツ)姫、③市杵島姫
以下一書 ①瀛津(オキツ)島姫、    ②湍津(タキツ)姫、③田心(タコリ)姫
①市杵(イチキ)島姫、    ②田心(タコリ)姫、③湍津(タキツ)姫
①瀛津島姫またの名市杵島姫、②瑞津姫、    ③田霧(タキリ)姫

一見しただけで、ずいぶん混乱が激しいことがわかると思う。

しかし、そのうちで、

<多紀理毘売>、<田心姫>、<田霧姫>が「タキリヒメ」であることは、

説明はいらない。

また混乱はあっても三人姉妹であることは厳重に守られている。

そこで応神天皇妃の<高城入姫>を見てみよう。

古事記では、品陀真若王の女、三柱の女王、として

①高木之入日売、②中比売、③弟比売、としてある。

書紀では

①高城入姫、②仲姫、③弟姫である。

この中、仲、弟というのは名前ではない。

<ナカ>は<次女>、<オト>は<末娘>のことである。

ここでもぴったり三人だから、よく合うのであるが、記紀双方とも、

申し合わせたように②③の名前がないのである。

一体応神天皇はどの大帝の后妃の名が不明のままということがあるであろうか?

これは②③のうち一人でも明記したら、たちまち、

スサノオの命の三女神だとわかるために、

どうしても名前を書くわけにいかなかった、と思いたくなる書き方である。

『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物

しかし、<タキリヒメ>の名と、三姉妹という二点では一致している。

仮に<スサノオの命>と<品陀真若王>が同一人だとすれば、

これまで神話の世界の存在とされていたスサノオの命は実在者、

品陀真若王の別名だという大変すばらしいことになる。

この仮定が正しければ必ず他の証拠が見つかるはずである。

天皇の本系でないために<品陀真若王の系譜>は簡単なものしかない。

そこで先ず記載の多い<スサノオの命の系譜>から見ていこう。

どういうものか、この命を祖とする大国主命一族の記事は、

日本書紀には少く、古事記には詳しい。

系譜もまた古事記には詳細に出ている。

その系譜にざっと目を通して面白いことに気がついた。

それは、命が、大山津見の神の娘「神大市比売」と結婚していることである。

大山津見の娘は天孫降臨の主人公、ニニギの命とも結婚している。

有名な「木花佐久夜毘売(コノハナサクヤ)」である。

これは現代人の常識なら、

スサノオの命と、ニニギの命は義兄弟ということになる。

スサノオの命と天照大神との間に生れた

天忍穂耳(アメのオシホミミ)の命の子が

ニニギの命であるから、二人は祖父と孫でもある。

それが同じ姉妹と結婚したのであるから、

当然互いに行き来がありそうなものなのに、

この二人は出雲族と天孫族とに分れてしまい、

時代も隔絶して、全く無関係なのである。

どうやらここでも分裂現象が起こっているような予感がする。

『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月2日火曜日

品陀真若は大黒天で大国主でスサノオ?!

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:14頁

しかし、それが何故?、品陀真若に使われたのだろう?。

この答は高木入比売と中比売、弟比売という彼の3人の娘が、

応神天皇の后妃になったことで推理できる。

この結婚は女王の夫として応神天皇が、

品陀真若のもっていた政権を受け継いだことを示している。

それは間違いなく「国譲り」だから、

品陀真若は大国主なのである。

すると大国主=品陀真若でなければ

マハーカーラではないから、大黒天ではなく、

従ってダイコクサンと呼ばれることもない。

真若は「皮纏ふ」だけでなく、

大黒天の意味も複合して持っていたことは間違いない。

またスサノオの命の娘・多紀理(タキリ)毘売も

大国主の命の后である。

高城入姫、高木之入比売もタキリヒメと読めるから、

当て字が違うだけである。

これは偶然なのか?。

他に理由があるのだろうか?。

この疑問には、

加治木義博著『異説・日本古代国家』が正しく答えている。

この本は会員の皆様はもちろん、会員以外の多くの愛読者の皆様や、

若い学者の方々から実に多数のご注文を戴いているが、

何分30年以上前の出版で、

すでに絶版になっていて、いまだに再版できないでいるので、

せめて、この部分だけでも、ここで再録してご覧に入れたい。

すでにご所持の少数の皆様にはご退屈かも知れないが、

こうした事情をご高察の上、少しだけご辛抱をお願いしたい。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト

2010年11月1日月曜日

大黒天・マハーカーラも「マワカ」の語源か?

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:13頁

真若の語源候補はもう1つある。

それは鉏友が吉備子でエビスのモデルであり、

「大国(だいこく)」すなわち

卑弥呼政権の倭国連邦を譲った側だからである。

その当事者の大国主の命は、

古来「ダイコク」と呼ばれて、

インドのマハー・カーラ=大黒天

(シバの一名で世界の主宰者)と同一視されている。

(後世に最澄が比叡山に祀ったのは中国仏教からの再輸入である)

それが何故?問題か?。

それはこのインド神名が、

やはりマハカラ、

すなわちマハカで、古代人ならもちろん、

戦前の日本人でも「マワカ」と発音する名をもっているからなのだ。

「マワカ」は、

その語源が大国主一族を意味する「マハカ」だった可能性が少くない。

しかし

「まさか、インドの神名が、

古代にそんな使い方をされたとは、信じられない」

という人もあると思う。

でも垂仁天皇の后妃の父は、

美知能宇斯ン=ビチュヌウ神という

シンドゥ教の最高神の名を現実に名乗っており、

『古事記』は、さらにそれを

「天の御中主(ミチュウヌシ)」と当て字して、

開巻第一の創世記に、

宇宙に先ず出現した最高神の位置に据えている。

オオクニヌシは確かに倭国(オオクニ)の主であり、

当時の日本列島最大の大国・倭人連邦の支配者だったから、

大国主と呼ばれるのは当然で、

その大国(だいこく)と通音の大黒天に擬しても少しも不当ではないから、

マハカを、その一族の王の代名詞に使っていても不思議ではない。

『参考』

翻訳と辞書 [無料]
リンクフリー〔UTF-8 対応版〕
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊  
ウワイト